2006年11月 2日 (木)

連続の物語/10月号*テーマ「青」

 僕は人間じゃない、だってへその尾がないもの。そう、Tは言った。しかし、Tには、へそがちゃんとついてあった。じゃあ、人間じゃないなら、どうやって生まれてきたの、とたずねると、Tは、満足そうに笑って、こう答えた。
「もちろん、卵だよ」
 Tは、とりたてて変わった人物でもなかった、クラスで目立ちもしないし、落ち込みもしない、顔だちも目立つものではないし、どこにでもいる普通の男だ。どちらかというと真面目な男なので、余計に、彼がそう言ったとき、私は、とても驚いた。
 ふざけているのかと思って、私は、もう一度、聞き返した。卵? ウソでしょ? 卵っていうことは、にわとりかのつもり? 羽でもあんの?
 もちろん冗談じゃない。でも、鳥じゃない、外見は、この通り、人間そっくりさ。Tは笑う。卵は大好き、目玉焼きはよく食べているよ。そして、こう低い声で付け足した。僕はね、きみの知らない生き物だよ。
 実は、これが彼の残した最後の言葉だった。その日の昼休み、彼は学校を抜け出してから、以来、学校に姿をみせることはなかったのだ。
 正直なところ、私は、すぐに彼のことを忘れてしまっていた。とくに彼と仲がよかったわけではなく、彼が高校を辞めたからといって、別段周りの友人らも騒ぐことはなかった。自然と普通の生活に戻っていったのだ。彼が消えてから、もう半年は過ぎていたと思う。季節も、夏から真冬になっていた。
 息も氷る昼すぎ、私は、分厚い白いコートに、赤いマフラーをまいて、新宿をあるいていた。そんなとき、彼は再び、私の前に現れたのだった。
 彼は、全身まっくろの洋服を着ていた。黒いコートをはおるそれは、まるでカラスのようでもあった。新宿の雑踏のなかで、彼は、独り立っていた。それの姿は、興味をそそるものであった。すべてが動いているのに、彼の時間だけが、ストップして動いてないのだ。誰もが彼を無視していた、というより、彼は、高台から街並みを見下ろしていて、その場に存在していないような雰囲気であった、そして、彼も周りに感心がなく、ただ目に入ってくるのを見ているというふうであった。
 私は、一見しただけで、すぐに彼だと分った。普段ならぼんやりとして、いちいち周りなんてみないのだが、何かの力によって、そこへ視線を向けさせられたようでもある。私は、怖ず怖ずと彼へ近付き、声をかけた。ひさしぶり、ほら、おなじクラスだった、A子よ、憶えてないかな? ねえ、こんなところで何してんの?
 彼は、私に一瞥だけして、無気味に笑った。待っていたんだ。
 待っていたって何を? 私がそう聞き返すと、彼は、数秒黙り込んで、ただ雑踏をみつめていた。そして、一度ため息をつくと彼はこう続けた。僕は生まれ変わるんだ。その時を待ってた。
 その言葉のつながりが、私にはさっぱり分からなかった。途方のないことを言っているようでもあり、現実身をおびているようでもあった。彼の表情はとても深刻だった。それに、なんだか以前の彼とはまったく違って見えてきた。彼は、生まれかわると言っているが、彼はとっくに以前の彼ではなくて、別の人格のようでもあった。疲れきった表情と、落ち着いた物腰は、死期を前にした老人にもみえる。
 私が不審そうに彼を見つめていると、彼は、私を新宿の地下へひっぱっていき、ロッカーが立ち並ぶところまで、連れてきた。青いロッカー、赤いロッカー、黄色いロッカー、たくさんのロッカーが、ずらりと列をなしていた。
僕達には、いくとおりもの生き方がある、きみは今のきみを選んで生まれてきたんだ。次は、どれがいい?
 彼は、おもむろにロッカーの一つを指さした。この人の人生は、どんな人生だろうね。彼は扉のなかへ頭をつっこんだ。とても、不思議で、無気味な光景だった。だいたいロッカーの中に頭をつっこんだままの人を見たことがあるだろうか? 真っ暗やみの先には何もない。
 君も覗いてみなよ、彼はそう言ったが、むろん、私はそうするつもりはなかった。
 ここは、魂の集合体だ、好きな魂を選ぶことができるんだ。さてさて、次はどの生き方にしようかな。
 うってかわって彼はとても愉快そうになった。淡々としているが、久々の彼の笑顔を見た気がした。しかし、それは、私をからかうのが、とても面白いというふうにもみえた。私は憤慨して、彼をロッカーへ突き飛ばした。力が弱いので、軽く肩がロッカーにかすったくらいだが。
 私は嫌みっぽくこううなり声をあげた。あなたは、人間じゃないんでしょう。じゃあ、早く自分の殻に戻ってみせてよ。本当は怖いくせに。
 急激に彼の顔色がかわっていくのが分った。青ざめて、うつむき、さっきまでの勢いは消えていた。私は、急に彼に悪いことをしたと思えてきた、彼はなぜ私に、私を選んで(もしくは単なる偶然なのか)、そんなことを言い出したのかと、冷静にもなってきた。大して縁もない私達である、なぜ彼は、私にそんなことを言うのか。
 彼は再び喋りはじめた。生き方をリセットするんだ。僕は人間じゃないから、残念だけど、次は、もうきみと逢うこともないと思うよ。
 かすかな声でそういうと彼はロッカーの一つを選び、扉をあけた。また彼は、その中へ頭をつっこんで、じっとしていた。誰かと話しているかのように、うんうんと頷く声が聞こえてくる。
 そして、体を持ち上げると、彼はその中へ体を押し込みはじめた。そこは、50センチ四方で、人の体がはいるようなところではなかった。しかし、彼は、どんどんと入っていた。どんどんと吸い込まれていった。彼の腹まで入り込み、腰まで吸い込まれ、すね、足…彼は消え去る。そして、扉は、ギシリとうなり、バタンとしまった。
 私は、まだ彼がからかっているんだろうと思った。そう信じたかった。でも、数分しても、まったく出て来る気配はなかったのだ。私は、慌てて、そのロッカーへ走り、扉をひらき覗きこんだ。
 彼の姿はなかった。そこは、暗闇で、ただの銀色の四角い入れ物だった。私は、もしや、どこかに抜け道があるのではとバンバンと中を叩いてみた。しかし普通のロッカーでしかない。彼は、どこにもいなかった。(終/inoue kaname 2000)

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10月ショートショート

一体何をやっていたのか…10月は妙に忙しかった。家でボォーとしていた時間がほとんどない気がするよ…。夜は子供とともに寝ていたりするし…。そんな言い訳とともに、ええ、新作ではありませぬ…なんと2000年の作品です…(涙)。テーマは「青」というのは、以前から決まっていました。とても気持ちよい青空の日が多かった気がするので。気温もちょうどよくて自転車日和でした!

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2006年9月26日 (火)

カタマリ/9月号*テーマ「嵐」

ある日突然、ベランダに、黒く丸いカタマリが現われた。今月の占いの記事に、黒いものがあなたの前をさえぎります、とあった、どうやら占いは適中したようだ…。
 ケイは、雑誌の占いを読むのが日課であった。だいたい、早朝、仕事へ行く途中、コンビニで立ち読みすることが多い。帰宅時に書店で立ち読むこともある。仕事をし始めて1年になるが、この1年間、ケイはこの行動を続けていた。ケイは書店のカオリが好きだった、本のカオリである。そして、こうやって過ごす一人の時間が好きだった、あらゆる書店を巡っては、あらゆる本を物色し、そして、占いコーナーも見逃さない。
 目につく雑誌はどれでも手にとって立ち読みした。ファッション誌、情報誌、料理雑誌、婦人雑誌、あらゆる雑誌の占いを読む。そのなかでも一番気に入っているのか、マイナーな雑誌である「月刊S誌」だ。カラーのページが少なく、うすっぺらいタウン情報誌である。コンビニでは扱っていない、大きい書店でも扱ってないことがある。しかしながら、ケイの近所にある古くて小さな書店には、どういうわけかバックナンバーまで保存してあるのだ。その雑誌に出逢ったのも、この古ぼけた書店で手にとったのが初めてであった。S誌が発売される10日は、必ずこの書店に立ち寄ることにしている。
 S誌の占いは、長い文章ではなく、短い言葉で端的に伝える。それは、占いによくある恋愛がらみのことではなく、意味深であり、人生の全てを指し示しているようで、ケイは好きだった。
 あなたに恋のチャンスが訪れるでしょう。彼にあなたの思いが通じるかも。あなたのことを好きな人が周りにいます。好きな異性にアッタクするときです。どれもかれも見飽きたものばかりだ。もっと面白い占いが読みたい。もっと的確な占いが読みたい。世の中には恋愛以外のことが大部分をしめているのよ。ケイは似たような占いの文面に、うんざりしていた。
 そんなときに、S誌を手にとると、その文章に、神々しさすら感じる。ときに、S誌は、こう伝えていた。「あなたは、階段から転げおちるかも、しかし、人生は、簡単には転げ落ちないので、ご安心を」 実際、ケイは、それを読んだ数日後、駅で電車に乗るのを急ぐあまり、階段を踏み外した、しかし、それがどうだっていうのだろう、人生は長い、大して怪我もないし、転げるくらいいいだろう。
 ときにはこう伝えた。「突然、雨が降る、しかし、それは、出逢いのチャンス」 それは恋愛の予告のようだが、ケイが出逢ったのは、雨宿りしたときに、足下に落ちていた宝クジだった、それは、3000円当っていた。ラッキー。この占いは、表現の面白さだけではない、どの月も、ケイ自身を見ているかのように、当たるのだ。まさに占いの域を超えている。
 S誌に出会ってから、半年もすると、ケイは、S誌の占いしか見ないようになっていた。他の占いには興味をなくしていったのだ。
 そして、今月の占いには、こうあった。
「黒いものがあなたの前をさえぎります、しかし、それに悪意はない」
 いよいよ、占いどおり、彼女の眼前に、ケイの住むマンションのベランダに、黒く丸いカタマリが現われたのだ。直径50センチほどの楕円形のカタマリである。狭いコンクリートのベランダなため、それはとても大きく場所を陣取っていて、自己主張しているように思えた。しかし、それに悪意はないはず、なら、ほおっておいても平気ね。ケイはその占いの言葉を信じて、そのカタマリが、今後どうなるのか見届けることにした。嵐のように舞い上がっていくのか、消滅してしまうのか、蜘蛛かカマキリみたいに虫がでてくるのか、それも面白い。
 3日たっても、それに変化はなかった。触ってみようかと思ったが、なんだかブラックホールのように吸い込まれる感覚がして、触れることを躊躇させた。部屋のなかから、それを眺めるばかりである。1週間もすると、このカタマリを、誰かに見せたくなった。世にも珍しいものだ。誰かにみせないとソンというものだろう。
 ケイは携帯をつかんで、メモリを一つ一つ確認しながら、誰に教えるか迷っていた。これを教えるのは、特別な人よ。両親か、隣町にすむ妹か、親友のT子は、いや、今はベトナムに1ヵ月間、旅行中だっけ。携帯のメモリを、まるで大勢から探すような仕種をしているが、同じ名前を往復しているだけであった、ケイには仲の良い友達は少なかったのだ。うーん、教えたい人なんて、意外に誰もいないものだわね、ケイは頭を悩ませたが、ふと、手を止めたのが、友達のリュウのアドレスだった。唯一の男友達といってもいい。大学時代からの友達で、唯一、今も繋がっている友達だったのだ。
「今夜うちに来てくれない?妙なものがベランダにあるのよ、とても怖いの…」ケイは怖いわけではなかったが、早急に見せたかったため、そう彼にメールした。すると彼から「分かった、21時頃にそちらへ行く」とレスがきて、ケイの気分が舞い上がった。
 そういえば、ひさびさに部屋に人を呼ぶ。ケイは部屋を見渡し、準備をしなければ、と思った。そもそも、彼女はあまり物を持たないタイプで、部屋はいつも奇麗にしていた。しかし、早急に部屋を掃除して、すぐに作れるようにパスタの用意をした。大急ぎで、それをやってしまい、後は彼が来るのを待つばかりだ。気分は高揚していた。
 彼は約束の時間通りにやってきた。ケイは不安な内容のメールとは、ほど遠い満面の笑顔で彼を迎えいれると、夕食の準備をした。しかしながら、彼はそれを食べようとはせず、神経質そうに眉間にしわをよせ、ただただ気難しい顔をしている。「それでさ、ベランダにあるというのは?」彼は、チラチラとそちらを見やりながら、そう切り出した。
 ケイが説明しようとしたとき、リュウはすぐに遮り、ベランダに立つと、周りを注意深く見回しながら言う。「それでさ、どこにあるの?妙なものってさ」
 彼はイライラしているように見えた、ケイは慌てて立ち上がり、ベランダまでかけよると、「ほら、そこにあるじゃない、その黒いカタマリよ」と、早口でそれを指差した。「ほら、あなたの足下にあるじゃない」
 それでも彼は眉間にしわをよせて言う。「どこに?何もないけど?」
「ほら、足もとよ!そのカタマリ!」ケイは声を張り上げたが、それ以上の声で、彼は言った。「どこだよ、何もないよ!」
 リュウは部屋に戻ると、ピシャリと後ろ手でベランダの戸を締めた。
「悪いけど、オレには何も見えないよ。疲れてる?それとも、オレをバカにしてる?」
「いえ、バカになんか…」そうケイは言ったものの、そのまま口を閉ざした。どういうわけか…彼を怒らせてしまったことがショックだったのだ。ケイはどんどん青ざめていく。
 リュウが帰ってしまった後、ケイはカタマリと二人きりで取り残された気分だった。この世にはカタマリと自分しかいないような感覚である。ケイは、まじまじとカタマリを見つめた。その形は少し大きくなっており、成長している気がした。
 ケイは部屋に戻ると、しばらく、シクシクと泣いた。なにがそんなに悲しいのか、と自分でも思うのだが、どんどん涙がでてくるのだ。そして、次第にベランダにあるカタマリが憎らしくなってきた。そうよ、あのカタマリのせいよ!!
 ケイは、カタマリを睨みつけると、足でグイッと踏みつけにした。すると、ブラックホールに思えたカタマリは、ゴムのように弾力があり、ケイの足を跳ね返した。ケイは跳ねのけられて、自分のほうがボールのごとく、ベランダに転がってしまう。そして、カタマリは、またモゾモゾと成長しているのか、どんどん大きくなっていった。
 ケイが後ずさりするものの、モゾモゾとカタマリは大きさを増して、ケイのほうへ近づいてくる。いったいこれはどうしようというのか?どうなるのか?明らかに自分は追いつめられて危険な状態になっているじゃないか、実は、悪意のカタマリではないのか?? ケイは恐怖感で絶句し、ただ妙な汗が出てくるだけである。ついに、ベランダの端に追いつめられて、後ずさりする場所もなくなってしまうと、もうどうなってもいいと、3階のベランダから下へと飛び降りた。
 落ちていくケイの眼前に黒いカタマリが見えた。とても大きなカタマリだ。パックリと口を開けているようにも思える、あのブラックホールのようなカタマリに吸い込まれて、私は消えてなくなるのか? ケイは吸い込まれる。大きな黒いカタマリがケイを覆い尽くす。
 そのとき、全身に痛みが走った、目の前がクラクラする。しばらくして、周りを見回すと、黒いゴミ袋の山の上に落ちたことに気がついた。裂けたゴミ袋から、生ゴミの香りがして、うっと鼻と口を押さえる。きっと、自分の体も臭くなっていることだろう。
 マンションのゴミ収拾所に落ちたことは分かったものの、それ以上の思考が止まり、ぼんやりとして動くことが出来なかった。とりあえず、もう体に痛みはない、私は生きている、それだけは理解できた。
 そのとき、「大丈夫?何かあったの?」と優しい声が聞こえた。天から聞こえたように、その声が頭のなかに響いた。その人は手を差し出すと、ケイの体をグイと持ち上げた。その人は、さきほど帰ったはずの、リュウの姿だった。
 ケイは思わずワッと泣き出し、リュウの手を、両手で強く握りしめて、そこに涙をポタポタ落とした。「ゴメン、さっきはゴメンなさい…」とケイが涙ながらに言うと、リュウは不思議そうな顔をした。
「さっきって?おれは今来たばかりだよ、ほら、約束の時間21時だし…」
 リュウの見せてくれた腕時計は、確かに、21時を示していた。その時刻を見て、またケイは、ワッと泣いた。そのときになって、ケイは初めて自分の気持ちが分かった。リュウへの想いが心から溢れ出していくようだった。(終/inoue kaname2006)

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9月のショートショート

9月は、台風だとか、台風でもないのに雷雨が激しくて停電が何度か起こったりと、雨続きだったかんじ。そんなこともあり、テーマを「嵐」にしました。テーマを決めてから内容を考えるんだけど、今回は、嵐っぽい内容なのか?(笑) またしても、ちょっと暗めな話だよね。さて、10月は何のテーマにしようかなあ。

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2006年8月20日 (日)

コーラ/8月号*テーマ「飲み物」

 マコが私から離れていったのは、コーラのせいだと思う。
 私はなによりもコーラを優先した、マコと待ち合わせのときも、急にコーラが欲しくなって探していたら、とっくに約束の時間に遅れていた。マコは、いつも待ち合わせに遅れてくる私を、最初は、いいよ、と笑顔で言っていたけど、なぜ? と聞かれ、コーラのせい、と答えると、不機嫌んそうにした。それからも、遅れるたびに、どうしたの?またコーラのせい? と嫌味っぽい口調でいう。そのため、マコは、私との待ち合わせに、コーラを用意するようにした。コーラが飲みたくなったら、早くここにおいで、と。
 でも、それでも、私は、彼のもとに向かう途中で、コーラが欲しくなる、マコのところにいけば、コーラをもらえるんだけど、それでも、今すぐに飲まなければ、一歩も足がでない、彼のもとにたどり着けないんだ、という強迫観念のようなものに襲われた。
 私が、余計に、急がなければと思ったり、焦れば焦るほど、特に、私は、コーラが欲しくなる、コーラのほうから、私を誘ってきている、といってもいいだろう。コーラが手招きする、さあ、ボクを探しにきてくれよ、と、魅惑の声で私を誘惑するのだ。それは、待ち合わせに限らず、マコと映画をみているとき、遊園地で遊んでいるとき、私は、突然、コーラが欲しくなった、そして、マコを引きづり回し、コーラを求めてさまよいはじめる旅にでるのだ。なら、コーラをいつも手許に置いておけばいいじゃないかと思うんだけど、そうはいかない。冷たくて、新鮮なものでないと意味がない。
 コーラ、それは、ただの飲み物である。単なる黒い飲み物である。私は、それを知っている。なぜ、それが飲みたくなるのか分からない、家にかえると、冷蔵庫にはコーラがいつも用意されてある。いつでも飲めるように、置いていないと安心しない。家に帰ると、まずコーラ、お風呂あがりに、またコーラ。テレビみながら、またコーラ。食事はいらないけど、コーラは必要。それに、コーラは350mlの缶にかぎる、冷蔵庫から出して来たばかりのコーラの缶をあけ、そのまま一気に流し込むのがいい。喉に突き刺すような刺激をかんじ、喉の奥まで満たされる、脳みそまで活性化してきて、私自身が目覚めさせるのだ。コーラは、私に息をふきこむ魅惑の飲み物なのである。
 私がコーラを愛し始めたのは、ここ2年ほどだと思う。そう、昔っから、好きだったわけではない、そして、それにあわせて私は太ってきた気がする。もともと痩せているほうではない私は、より肉がつき、ウエストがなく、正に、コーラの缶のような体型をしている。このコーラを止めれば、私は、もとの体型に戻る事ができる事は知っていた。今よりはもっとモテるだろうことも分かっていた、そう、コーラを飲む前は、モテなかったわけではないのに、でも、今では、どうだろう、以前の姿はみる影もなく、腹もたるみ、顎に肉がつき、腕や足は太い、以前の服も全く入らなくなっていた。それでも、この刺激に堪えられず、私は、コーラを飲む。
 知り合ったときは、コーラなんて飲んでなかったよね、とマコは言う。そのとおりだ、マコと知り合って、半年か、1年たったころだろうか? コーラを好むようになった。太るからやめなよ、知り合ってから何キロ太ったと思ってるんだ、肌も荒れてきただろう、とも言う。そう言われると、私は余計に飲みたくなる、私が好きなものを否定するなんて、恋人とはいえないわ、そう言って、私は冷蔵庫からコーラを取り出し、一気に飲みこむ。すると、さっきまで、彼のことで苛立っていた気分が、すっとなくなり、すべてがオッケになる。とても気分がいい。
 マコと知り合ったときの私は、とても怒りぽかったように思う。3年前のことなので、あまり覚えてないけど。マコは、私のことを何でも干渉したがり、携帯メールのチェックや、私の外出のことも散々と聞いてきた、そのたびに、私は我慢するか、イラついて喧嘩になっていた。正直、怒ることも嫌だったし、マコが不機嫌になることもイヤだった。彼が私のことを、とても愛してくれてるからこそ、干渉してくるのは理解していたし、それに、彼は私との結婚も考えてくれていた、結婚しよう、それは、今迄いわれたことのない言葉だった。過去では、大体が、私が男を追う立場になり、最後は、罵声をあびせられ捨てられる、それでも諦めきれなかった。でも、今は違う、今は彼のほうから、私を求めてきてくれる。年令も、27才、周りの友達は、どんどん結婚していくし、私もそろそろ結婚したいと考えていた、マコは、有名企業で働き、貯金もたくさんあるし、車も持っている。彼のことは無くしたくはなかった。
 そう、そんな矢先、私は、コーラの魅力にとりつかれたのだ。マコと喧嘩が始まろうというとき、私は、急速に喉がかわき、手許にあったコーラを一気のみした。すると、どうだろう、一変して、私は、気分が爽快になり、脳みその隅々まで行き渡る、みなぎる幸福感と高揚感、全く別の人格になったような気がした。たった今、怒ろうと思っていた気力がなくなり、私はマコと喧嘩する気分は消えていたのだ。すると、マコもすっと引き、私達は喧嘩もせずにすむのだ。
 最初は、そう、そういうときのためにコーラはあった。私は次第に温和な人間になっていった。しかし、しばらくすると、喧嘩のときに限らず、なにかしら慌てたり、焦ったりしたときなどは、コーラが無性に飲みたくなった。飲めないと、とてもイライラして、頭をかきむしり、胃はムカムカし、発狂せんばかりになった。いつの間にか、コーラは私にとって、麻薬のような存在になっていったのだ。
 コーラとオレとどっちが好きなんだ、ある日、マコは、ドラマにもならないようなセリフを私に突き付けた。コーラと自分を比較するなんて、あまりにもレベルが低すぎる。でも、私は、咄嗟に答えることが出来なかった、彼のことは、当然、無くしたくはなかった、でも、今、コーラが手許からなくなると、私はどうなってしまうんだろう、っていう気持ちもあった。そのときの禁断症状を想像すると恐ろしかった。私は、冷蔵庫からコーラを取り出し、一気に飲んでいた、そう、それは、無意識のことだった。マコは、何もいわず立ち上がり、部屋から出て行った、私は、待って、と言ったが、それはコーラを飲み干してからのことだった。それ以来、いくらメールや電話をしても音沙汰がなくなってしまったのだ。
 それからというもの、私は、泣いた、泣いて、泣いて日々を過ごした。毎日が、とても辛かったけど、でも、不思議とコーラは欲しくなかった、コーラを飲めば、すっきりするだろう、辛い気持ちも吹き飛ぶだろう、と思ったりもしたが、そのとき一気に飲んだコーラで、むせ返り、なんで、こんな黒い飲み物が好きだったんだろう、って思った。
 数週間後、彼の部屋にあった私の荷物が送りかえされて来た。でも、私は、それを眺めながら、悲しいはずなのに、なぜか、すっきりした気分になった。もう、コーラは必要ないだろう。(終/inoue kaname2002)

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